夢を見る時があるんだ。
40年前の大晦日、茜が……赤ん坊を産んでいる場所は、桃源郷なんだ。
十三章―コインロッカーベイビー#9
お金もない、未来もない、家に帰ればアル中の親父に殴られる毎日だった。
そういう状況で支えになるのは……結局、行き場のない人間たちだけだった。
そんな時に出会った彼女のことは……もう名前さえ思い出せない。
とにかく彼女と二人で先行きの見えないままごと暮らしを始めた。
☆
いつか間違って流産でもすればいい……と、日増しにデカくなるお腹を見て見ぬふりをし、病院にも行かなかった。
「でも……ガキは生まれちまった」
あの娘が出産したのはデパートのトイレだった。
沢城が道路工事のバイトをしている最中、一人で生んだらしい。
「どうしよう…?」
「全部なかったことにする」
都合の悪いことは見えないところに追いやってしまえばいい……それまでもずっとそうやって生きてきた。
あの頃の二人には、違う生き方を教えてくれる大人はそばにいなかった。
☆
「地獄に落ちちゃうね、私たち……絶対に」
「いまさらなんだよ……俺はもう全部忘れた」
しかし彼女は忘れることは出来なかった。
「やっぱり私……」と、ナンバー99の鍵を持ってコインロッカーへ走る。
☆
「赤ん坊がいるって気づいたのか……? でもなんで……?」
☆
「でも……良かったんじゃねえか?」
いいんだ……あとはあいつが面倒を見てくれる。
助かったんだよ……。
☆
☆
荒川真斗……正真正銘、沢城丈の息子だ。
過去に荒川真澄は言っていた。
赤ん坊の受け渡しをロッカーでやることになっていたことを。
しかしまさかもう一人別の赤ん坊がコインロッカーにいるなんて思うはずもない。
だから聞こえてきた赤ん坊の泣き声を頼りに、間違ったロッカーをこじ開けてしまった。
☆
☆
あれから5年、子供を生んだ女はもうそばにいなかった。
でも荒川真澄は神室町で生きていた……車椅子の息子と一緒に。
☆
その日から、その男のことを調べた。
若くして自分の組を立ち上げた荒川真澄のことは……街で聞けば知る人間も多かった。
車椅子の子はずっと歩けない身体だということ。
生まれた夜に重い低体温症にかかったせいだということ。
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それから何日もずっと……耳の中にこびりついて離れなかった。
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子供のことがなくても、いずれヤクザにでもなるしかなかったような人間だ。
ずっと半端な人生だったから……考えた。
☆
「殺しの荒川組」はその頃なかなかの羽振りだった……。
☆
この話は墓まで持っていくことになるものだとずっと思っていた。
春日たちに話した理由……「俺からも聞きたいことがあるからだ」
沢城「さっきの話にはまだ肝心なとこが抜けていると思わないか? 連れ出されたのが俺の子なら、親父の本当の子はどこにいった?」
☆
あの大晦日の夜、茜さんはお腹の子供ごと命を狙われていると電話で知らされた。
彼女は逃げる途中で産気づき、どこか産める場所が必要だった。
追われる身で、少しでも安心して産める場所……それは昔、自分が勤めていた桃源郷だったのかもしれない。
沢城「すると……そういえばその日、その場所で生まれたって男がいたな?」
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騒ぎが収まった後も、二人はずっと動き出せずにいた。
死ぬはずだった子供が救われて、あとは知らん顔をしていればいい……少し安心した気持ちにもなっていた。
なぜヤクザは必死に赤ん坊を助けたのか。
泣き声で気づいたにしても、誰にも声をかけずに……。
でもその理由はしばらくして分かった。
☆
そしてやっと分かった。
赤ん坊の取り違えが起きてしまったことに。
☆
沢城は思っていた。
茜さんは受け渡しが失敗したときに備え、赤ん坊がロッカーにいることを信頼できる誰かに伝えた可能性が高い。
赤ん坊を取りに来た二人組は誰だか知らないが、それが春日の育ての親……桃源郷の店長・春日次郎だったとしたら……
☆
DNA鑑定をやることが出来れば……全部はっきりする。
だがそれまでは……あくまで想像の話でしかない。
戯言だと思うなら忘れてくれ……と立ち去ろうとするが、ジュンギと趙が道を塞ぐ。
青木遼に荒川真澄を殺せと言われ、それを断った。
その時点で、青木遼は沢城を切り捨てるつもりでいた。
だから星野会長を殺せという無茶な命令をしたのも、三下の鉄砲玉みたいな使い方くらいでいいと思ったからだろう……。
☆
確証はないが、カシラ補佐の石尾田かもしれない。
荒川真澄が死んで以来、青木遼のお気に入りだからだ。
「お前はこのまま行かせるわけにはいかねえ」
足立もジュンギや趙と同じ考えだった。
「まっとうに罪を償え」
沢城はパトカーで連れて行かれた。
十三章―コインロッカーベイビー#10(終)
沢城が逮捕されてすぐのことだった。
ジュンギにまた情報が入った。
星野会長が狙われていると教えてくれたタレこみだが、それを提供したのは沢城本人だった。
沢城が自分からバラした理由……。
ジュンギ「つまり沢城は……星野会長を殺したくはなかったんでしょう」
沢城は春日に止めてほしかった。
直接言えば、はっきり青木遼を裏切ることになる。
だから匿名で情報を流し、星野会長が殺される前に春日が間に合うかどうかを天運に任せた……。
☆
また舞台が変わりそうな十四章(/・ω・)/ [adcode] 十四章―伝承#1 青木遼と話をつけるには、まず久米に会う必要がある。 目的地はブリーチ[…]